この記事の要点
- はじめに|「1株あたり」の数字は株数しだいで変わります
- 1株あたり指標とは?
- 希薄化とは?
- 基本EPSと希薄化後EPSの違い
- SBC(株式報酬)とは?
カテゴリ:財務指標・株式報酬・希薄化
はじめに|「1株あたり」の数字は株数しだいで変わります
前回の【財務指標・バリュエーション分析シリーズ⑱】では、EPS成長率と売上成長率の見方を解説しました。その中で、自社株買いで株数が減るとEPSが増えるというお話をしました。実は、その逆もあります。株数が増えると、会社の利益が変わらなくても1株あたりの数字は小さくなってしまいます。
この現象を希薄化(ダイリューション)といいます。特に米国のハイテク企業では、社員へのSBC(株式報酬)によって株数が少しずつ増えており、見かけのEPSや利益だけでは実力を測れないことがあります。
この記事では、1株あたり指標の基本、希薄化後EPSの意味、SBCの影響、そして株数の推移を確認する方法を、架空企業の例を使ってわかりやすく解説します。
1株あたり指標とは?
株式投資では、会社全体の数字を発行済株式数で割った1株あたり指標をよく使います。自分が持つのは「会社の一部」なので、1株あたりで見ることが大切です。
EPS(1株あたり純利益)= 純利益 ÷ 発行済株式数
BPS(1株あたり純資産)= 純資産 ÷ 発行済株式数
FCF/株(1株あたりFCF)= フリーキャッシュフロー ÷ 発行済株式数
配当/株(1株あたり配当)= 配当総額 ÷ 発行済株式数これらの分母は、すべて株数です。つまり、株数が変われば、会社の稼ぐ力が同じでも1株あたり指標は変わります。
希薄化とは?
希薄化とは、新しく株式が発行されて発行済株式数が増え、既存の株主の持ち分割合が小さくなることです。
例)E社:純利益 100億ドル
株数 10億株 → EPS = 10.00ドル
株数 11億株(10%増)→ EPS = 約9.09ドル
純利益が同じでも、株数が10%増えるとEPSは約9%減ります。ピザを切り分けるイメージです。ピザの大きさ(利益)が同じでも、切り分ける人数(株数)が増えれば、1人分は小さくなります。
基本EPSと希薄化後EPSの違い
決算書には、基本EPS(Basic EPS)と希薄化後EPS(Diluted EPS)の2つが載っています。
希薄化後EPSは、ストックオプションの行使や転換社債の株式化など、将来増えうる株数をあらかじめ織り込んだ数字です。実態に近いのは希薄化後EPSなので、PERを計算するときも、希薄化後EPSを使うとより慎重な判断ができます。
SBC(株式報酬)とは?
SBC(Stock-Based Compensation)とは、社員や役員への報酬の一部を、現金ではなく自社の株式やストックオプションで支払う仕組みです。米国のハイテク企業やスタートアップでは、優秀な人材を確保するために広く使われています。
SBCは現金が出ていかないため、一見すると会社に負担がないように見えます。しかし、実際には次の2つの形でコストが発生しています。
【SBCの実質的なコスト】
① 新株の発行による希薄化(既存株主の持ち分が減る)
② 希薄化を避けるための自社株買い(現金が出ていく)「調整後」の数字に注意しましょう
多くの米国企業は、SBCを費用から除いた調整後(Non-GAAP)利益を公表しています。SBCを除くと利益は大きく見えますが、SBCは社員への本物の報酬です。
特に注意したいのがFCF(フリーキャッシュフロー)です。営業キャッシュフローは、SBCが現金支出を伴わない費用として足し戻されるため、SBCが大きい企業ほどFCFが良く見えます。FCF利回りを使うときは、SBCを差し引いたFCFでも確認すると、実力に近い数字になります。
実質FCF = FCF − SBC
例)F社:FCF 50億ドル、SBC 15億ドル
実質FCF = 35億ドル(見かけより3割少ない)FCF利回りの基本は、フリーキャッシュフロー(FCF)とFCF利回りとは?【財務指標・バリュエーション分析シリーズ⑤】で解説しています。
自社株買いに隠れた「見かけの株数減少」に注意
自社株買いをしている企業は、株数が減ってEPSが押し上げられると説明しました。ところが、SBCで新株を出していると、自社株買いで減らした分が相殺されてしまいます。
H社は「巨額の自社株買い」という見出しに見えても、実際には株数が減っていません。株主還元をしているつもりが、実は社員報酬のために現金を使っているだけ、というケースがあります。この点は株主還元利回り(シェアホルダー・イールド)とは?【財務指標・バリュエーション分析シリーズ⑫】でも触れています。
希薄化をチェックする3つの方法
【チェック方法】
① 発行済株式数(希薄化後)の5年間の推移を見る
→ 年平均で1〜2%以上増えている企業は要注意
② SBCが売上高に占める割合を見る
→ 目安として5%以下なら小さめ、10%を超えると重め
③ 基本EPSと希薄化後EPSの差を見る
→ 差が年々広がっていないか確認株数は決算資料の損益計算書の下部や、キャッシュフロー計算書の「Stock-based compensation」の項目で確認できます。無料の決算データサイトでも、株数の推移グラフを見られます。
業種による違い
SBCの大きさは業種によって異なります。成長中のソフトウェア企業やスタートアップは大きくなりやすい一方、生活必需品や公益事業などの成熟企業は小さい傾向があります。同じ業種の企業どうしで比べるのが基本です。
なお、株数の増加がすべて悪いわけではありません。増資で調達した資金が高い収益を生む投資に使われ、1株あたり価値がそれ以上に増えるなら、株主にとってプラスです。「株数の増加ペース」より「1株あたり価値の成長ペース」が上回っているかを確認しましょう。
まとめ|1株あたりで実質を見抜きましょう
・1株あたり指標は「会社全体の数字 ÷ 株数」で、株数が増えると小さくなる
・希薄化後EPSは将来増える株も含めた保守的な数字で、PER計算にはこちらがおすすめ
・SBCは現金が出ない報酬だが、希薄化や自社株買いの形で株主がコストを負担している
・FCFはSBCを差し引いた「実質FCF」でも確認する
・発行済株式数の5年推移とSBC比率をチェックする見かけのEPSやFCFだけでなく、「株数が増えていないか」「SBCを除いても稼げているか」まで確認することで、実質的な株主価値をより正確に判断できます。次回の⑳では、シリーズ全体の総まとめとして、これまで学んだ指標を組み合わせたスクリーニングの実践方法を解説します。
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本記事は情報提供を目的としており、特定の金融商品への投資勧誘ではありません。投資は自己責任のもとで行ってください。制度の詳細は金融庁公式サイトをご確認ください。
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